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水曜日, 5月 11, 2011

大相撲の技量審査場所

八百長問題から、開催中の場所も「技量審査場所」などと、訳の解らない名称で開催中である。

今は亡き親父の大好きだった横綱 白鵬。息苦しい中でもテレビ観戦してたっけ・・・・
その姿を見ていたせいか、オヤジの代わりにちょくちょく見ていた。

まあ、ガチンコ相撲ばかりとは思っていなかったが、協会は、何故、無料にして客を入れるんだろう。

相撲協会の存続自体が、とまで言われての行動なら、東日本大震災へ入場料を全額寄付にするのがベストだと
考えないのかな?

日本人の横並び体質は、自粛から萎縮へ。どんどん内向き指向になっている。

土曜日, 5月 07, 2011

以前も書いた、息子の卒業式で校長の言った台詞(高専)



以前も書いたこと。



息子の卒業式で校長は言った。「巷では、想定外という言葉を頻繁に使うきらいがあるが、技術者が想定外という言葉を使ってはいけない。」と・・・・これが3月18日。






それからもメディアでは、頻繁に想定外の言葉を耳にする。福島第1原発事故の説明で何度も聞いた言葉だ。



また、地震学者からも・・・・・



「津波の高さは想定外だった。」・・・・「非常用電源の喪失は想定外だった。」



想定とは、「広辞苑」を紐解くと「ある一定の状況や条件を仮に思い描くこと。」






て、ことは・・・・想定外とは、タダ単に決めつけた事の範囲外。自分達が決めた条件からはみ出したこと。



こう考えると、今の日本では想定とは、自分の知識の中で科学的の科学的根拠をベースにした、思いこみ。



その範疇を越えたことで想定外と言えば済むのであれば、この国に住む者としてたまったものではない。



武田教授がテレビで頻繁に言っていたが「原発の開発に関わる科学者が震度5と決めれば、最大がその数値としておかれる。」



これは、経費的な部分を除けば思いこみしかないだろう。当然、今回のように備えがオソマツになる。






北海道新聞に「錯覚の科学」(文芸春秋社)での実験報告が書かれている。(2011.05.06)



 バスケットボールのゲーム・フィルムを見せ、片方のチームの数だけを数えさせるもの。



面白いことに、ゲーム中にゴリラの着ぐるみが登場する。それも9秒間も。






しかし、パスを数えることに集中している参加者の半数は全くゴリラの存在に気付かない。



コート内にゴリラがいるなんて事は考えもしないから。



車を運転していても同様だが、見落としは予期しないものに対する注意力の欠如から起きる。






この実験は、原発事故も同様ではないか。だから「思いこみ=錯覚」は怖い。



同書は、自信過剰も錯覚の一つだと説く。






「カネで買えない物はない」と豪語していた時代の寵児。今もツイッターなどで書き込みをしながら、熱烈な信者から



小金をかき集めているホリエ○ンは、以前「想定の範囲内」とよく言っていたものだ。



原発の安さは、事故後の対応などを考えていないし、スタート時点で危機的状況を此処までと決めつけているのだから、どうしようもないかも。



ヨーロッパやアメリカ大陸に比べ小さな点に過ぎない我が国の地震回数を考えると、脱却するべきなんだろう。

水曜日, 5月 04, 2011

毎日起きる殺人事件について by 探偵ファイル

国内も物騒になってきた。
今では、都会も田舎も関係ないし、動機の解らない事件も多い。
そんな中、「探偵ファイル」のブログにBOZZの書いた文章。

  ↓から

地球が主人公、人間は寄生虫。震災で万人が命の軽さを知る。
これから1年は犯罪者にとって天国になる。年寄りや若い女性を殺すことに罪悪感のカケラも無い。

警察も東北に行って疲弊してる。
犯人検挙のモチベーションも低い。探偵ファイルを見ている読者はどうか他人事と思わないで。
連鎖は止まない。
1人で歩いたら殺される。
冷たい雨に打たれる。

昨日、西新宿の歩道橋を歩いている若い男がいた。
肩幅が狭い。
貧弱なカラダ。
リュックを背負い、青と黄が混じったボタンダウンのシャツ。
足元はふらついている。なのに右手がせわしく動く。よく観察すると仮想の剣を持っているようだ。切っ先が鋭い。

私は声を掛けてみた。『誰を切ってるの?』彼は尻餅をついた。
そして気を失った。

通行人が近くの予備校のガードマンを連れてくる。
この男はその予備校の生徒のようだ。
救急車が呼ばれた。彼はどうして気絶したのだろう。
私はどうしたらいいのか分からなかった。
彼は、立ち上がって私を一瞥すると救急車に乗ろうとした。
もう一度、彼に尋ねた。
『誰?』彼は答えてくれた。おまえだ。

渡邉文男(BOZZ)


これほどまでに病んでいる者が大勢居るのだろう。

日曜日, 5月 01, 2011

福島県民の避難先での誤認(風評)に思う。






最近のニュースでは、国の命令により避難した、各地の福島県民が受け入れる側の間違えた情報により、個人の尊厳を冒涜される行いや、子供達の間では虐めが起きている現状を考えると、






報道する側のマスコミが、こういう時にこそ、正しい情報を判りやすく何度も何度も取り上げるべきではないだろうか。












私がチェックした限りでは讀賣テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」が3度にわたって放送した以外に






(※一度目は、学者等を呼んでのトーク。2度目は原発の研究者。三度目が一度目の放送をノーカットで流す。)






これでもか、と繰り返し放送している番組を知らない。












原発に於ける放射能。この言葉が一人歩きしているのではないか?






放射能、放射線、放射性物質の区別が曖昧すぎる。












放射線: エックス線やガンマ線などいくつかのタイプがあり、これを簡単に言うと「強い電磁波」で、「強烈な光」と






      言い換えることが出来る。












      同じ電磁波でも、目に見える可視光線(光)は、明るさという物差しで考える。






      しかし、「こたつ」の赤外線は熱を感じさせるし、紫外線を多く浴びると日焼け(やけど)を起こす。






    






      また、放射線のウチ、ガンマ線は更に強力で、体内の遺伝子をも壊す。エックス線は人体を貫通する特性   






      を使って、画像診断などに応用される。












放射線が光なら、照明器具の電球や蛍光管のように、光源がいる。→これが放射性物質。












更に、鐘と音の関係で考えるなら、音源の鐘が放射性物質で、音が放射線に相当する












鐘(放射性物質)は材料により様々で、シッカリと響かせる金属がある一方、紙製やプラスチック製なら大した音は期待出来ない。






材質により性能が異なり、この放射線を出す性能や能力が放射能に当たる。






鐘の音が時間の経過と共に小さくなるように、放射能も次第に弱まる。






この強さが半分になるまでの時間を半減期と呼び、要素31の半減期は、約8日と短い。












此処までの内容から「放射能が飛散する。」という表現は正確ではない。「性能」は飛ばないから。






飛ぶのは放射性物質。「放射能を浴びる。」も同様で、浴びるのは放射線。












風評被害は、この違いを理解してないから起こる。解りやすい例として、海で真っ黒に日焼けした人の隣にいても日焼けしないのと同じ事で、被爆した人の隣にいても被爆はしない。






風評被害は、無知から起こる。












そうそう、昨日、半世紀生きていた記念として「貴龍園」で海老のかけご飯大盛900円を食べた。バイトの女の子が重たそうに持ってくるのを見て唖然!!半端な量じゃなかった。






休憩も取らず一気呵成に食し、食べ終わる頃にオフクロがAセット(中華丼と小ラーメン+サラダ)の中華丼の残りを食べて欲しいと・・・・完食した。












しかし、腹が破裂しそう。今まで腹がきつくて晩酌を止めたのは初体験だった。内臓脂肪を見るのに放射線が必要なようだ。